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8/27〜28

27日、7時過ぎに○明さんから再度電話があった。
「出血が増えているので、輸血を始めた。」といわれた。
状態は相変わらず悪いのだ。早く由宇斗のところに行きたい。
私は家を出る前に仏壇に手を合わせて祈った。「どうか由宇斗をお守りください」
あすとを保育園に連れて行き、その足で病院に向かった。
控え室に入ると○明さんが1枚の紙切れを前にうなだれていた。
紙を読むと、再び由宇斗の胸を開く承諾書だった。
そういえば、電話で○明さんはそんなことを言っていた気がする。動転していて何がなんだかわからなくなっているのだ。
私は○明さんの隣にすわり、お守りを握り締めながらひたすら由宇斗の無事を祈った。
「由宇斗、由宇斗がんばって。がんばって。」
ただ座って待っていると、頭はだんだん悪い方向に考えがいってしまう。
由宇斗はもうだめなのだろうか?
そんなことはない。大丈夫だ。きっと、1週間後には「あの時はもうだめだとおもったけど、よくなって本当によかったね」とみんなで笑いあえる。
私は一生懸命いい方向に思考を持っていこうとした。
由宇斗、由宇斗、お母さん待ってるからね。頑張って。頑張って。
由宇斗に念を飛ばすように由宇斗に向かって念じつづけた。
私は固く目を閉じて祈りつづけていたからなのか、段々頭が朦朧としてきた。
私は目をあけたとき、幻覚だろうか、由宇斗の部屋がある方向に光が見えた。
その光を何も考えず見つめていたら、不思議と心が落ち着いてきた。
そのとき私は今までとは違う考えが頭をよぎった。
由宇斗は苦しい思いをしている。生まれてからずっと苦しんできた。そして今も何度も何度も体を切られ、たくさんの機械を体に取り付けられて苦しんでいる。
このまま由宇斗は苦しみつづけるよりも、生まれ変わって新しい健康な体で生きていくほうが幸せではないのだろうか。このまま由宇斗を楽にさせてやったほうが、あの子のためではないだろうか。このまま頑張りつづけるのか、生まれ変わるのか、決めるのはあの子だ。私達じゃない。
ならば、どうしたいのか、由宇斗、あなたが決めて。お母さんはあなたが決めたことに従うから。あなたが選んだのならばお母さんはその運命をうけいれるから。そう、由宇斗に心で話し掛けた。
そのとき、声が聞こえた。「ぼく行くね」
とても明るい声だった。あまりに明るい声だったので私は一瞬「行く」の意味を把握しかねた。
その瞬間手術室のドアが開いて先生が顔を出した。
私はこのとき一番つらい覚悟をした。しかし先生が告げたのは、「調べてみた結果、手術個所から出血しているのではなく、いろいろな傷口から出血していたので、電気メスや止血糊等で処置をして、今出血がおさまってきています。」
私は先生の話を聞いて、さっきの光と声は、きっと空に行きかけた由宇斗がもう一度自分の体に戻るね、という意味だったんだと思った。
よかった。もう大丈夫だ。きっとこれからはうまくいく。このまま出血も止まり、心臓も動いて、きっと由宇斗は元気になる。由宇斗は戻るとそう言ったんだもん。
私達は由宇斗に再び会いに行った。私は由宇斗の手を握り締め、「戻ってきてくれたんだね。ありがとう。もうちょこっとだから、がんばろうね。私達も頑張るから。待ってるから。」私は由宇斗に心で話し掛けた。
私は楽天的になっていた。これからはうまく事がすすんでいくと信じて疑わなかった。
○明さんがあすとを迎えに出て行って、部屋に1人取り残されても不安はなかった。
このまま由宇斗はよくなっていく。
○明さんが戻ってきて再び由宇斗に会いにいった。
先生は今日は帰っても問題はないだろう、と言った。
私は明るい気持ちで家に帰った。
緊急に備えて、携帯電話を肌身はなさず持っていたが、何も連絡はなかった。
それは由宇斗が順調であることの意味だと私は思った。

28日、2人で病院に行くはずだったが、あすとがぐずるので、○明さんだけ病院に行ってもらうことにした。私はもうこれからはいい方向に向いていくと信じて疑わなかったので、病院は後から行けばいいと考えていた。
ところが、○明さんが病院に出掛けて1時間ほどたったとき、電話がかかってきた。
「また出血が増えた。透析も血液透析にかわった」と○明さんは言った。
私はうちのめされた。よくなっているものとばかり思っていたのだ。○明さんの言葉は予想だにしていなかった。
「ぼく行くね」の意味は空に逝くねという意味だったのか?由宇斗はもうだめなのか?
私は次から次へと不吉な思いにとらわれた。
あすとを外に連れ出している最中だったが、涙で前が見えなかった。
あすとは何も知らず遊んでいる。
暑かったせいで、あすとはすぐに家に帰ってくれた。
私はすぐに病院に向かいたかった。車は○明さんが乗っていってしまっているので、バスで行こうとしたが、おじいちゃんが送ってくれるという。あすともついていきたいとごねるのであすとも連れて行った。
○明さんはおじいちゃん、おばあちゃんにも由宇斗の姿を見てもらったらどうかと言った。
私は見せたくなかった。おじいちゃん、おばあちゃんには元気になった姿を見せてあげたいのだ。今の姿を見せるということは、もう元気な姿を見せることができないような気がしてできなかった。しかしどうするかはおじいちゃん本人に決めてもらった。おじいちゃんは由宇斗に会うと言った。
私はおじいちゃんと2人で部屋に入った。
由宇斗は昨日よりも顔が腫れている。昨日よりもチューブが増えている。体に取り付けられたチューブはどれも血が混じっている。
由宇斗の顔に生気が感じられない。ここにいるのはもう抜け殻だ。
私はもうだめだと思った。だったらもうこんな装置は全部取り外して早く由宇斗を楽にさせてやりたい。
私は先生に悲痛な声で聞いた。「助かる見込みはあるんですか?」もし、ないのならばもうこの装置を外してください。その言葉は飲み込んだ。
先生は励ますように、「私達はまだあきらめていませんよ。可能性があるから、あらゆる方法をとってがんばっているんです。見てください。由宇斗君は少しずつ脈が戻ってきていますよ。由宇斗君も頑張っているんです。お母さんも諦めないで励ましてあげてください。」私は脈が戻ってきているという言葉に希望を見出した。
まだ可能性はあるんだ。
私は由宇斗の手を握り締めて「由宇斗、由宇斗がんばって。がんばって。」
声を出して由宇斗を励ました。
おじいちゃんは由宇斗の痛ましい姿に声も出ない様子だった。
部屋に戻って、○明さんは家に戻ってもらうことにした。
私は先生の言葉に少し前向きな気持ちになり始めていた。
しかし、2時ごろ先生が顔を出した。
「言いにくいことなんですが、頭から出血が始まりました.。」
私はたまらず嗚咽をもらした。
「このままでは植物人間になってしまいますので、補助循環装置を外さなければならないのでご主人を呼んでください。」先生は告げた。
私はもうどうしていいかわからなかった。先生が部屋を出ても動けなかった。
由宇斗、由宇斗、ただ名前を呼びつづけていた。
私はとにかく○明さんに電話をした。事情を説明しながらも私はこれが最後になるなどとは想像もしなかった。考えることをやめていただけかもしれない。
先生は由宇斗の脈が戻ってきていると言ったばかりだ。大丈夫だ、外しても由宇斗は自力で心臓を動かせる、そう信じていた。
いてもたってもいられなくなり、電話をしたあと、すぐに由宇斗の部屋に入った。
由宇斗は数時間前とは別人のように顔がはれ上がっていた。
由宇斗の頭の下に敷かれたタオルは血で真っ赤に染め上げられていた。
なんて事に。なんて姿に。かわいそうに。由宇斗。由宇斗。
私はただ由宇斗の頭を撫でつづけていた。
先生は「ご主人が見えるまでお母さんそばにいますか?」先生は聞いた。
願ってもいないことだ。由宇斗のそばにずっとずっとついていてあげたい。
私は由宇斗の手を握り締めて「がんばって、がんばって」と言いつづけた。もうこれしか言うことが無かった。
しかし、しばらくすると先生は「もしかしたらお腹の傷が悪さをしているかもしれないので調べてみたいから外に出ていてください」と言い、私は再び部屋の外に出された。
30分程すると○明さんが来てくれた。電話で○明さんが来たことを告げたがまだ処置中で中には入れなかった。
4時過ぎ、先生に呼ばれた。「やはり装置を外すしか方法はありません。おじいちゃん、おばあちゃんに来てもらわなくていいですか?」
私は初めてこのとき事の重大さを悟った。
まさか、そんなことになるとは思わなかったので、私は誰にも知らせていなかった。
ためらっていると、○明さんは迷いの無い声で「いいです」と言った。
私達は部屋に入った。装置が外された。
脈は130,120,110どんどん下がっていく。私は画面を見ながら、うそだ、うそだ、先生は脈が戻ってきているといったじゃないか、こんなのはうそだ、と思った。
「由宇斗、由宇斗」私は由宇斗の名を呼んだ。いやだ、がんばってよ。がんばってよ。由宇斗。心臓動いてよ。由宇斗、がんばってよお。私は叫びつづけた。
しかし脈はどんどん下がる。60,50,40。私はもう諦めた。由宇斗は逝くことを望んだのだ。私は叫ぶのをやめた。ただ愛しみをこめて由宇斗の名をささやいた。
よくがんばったね。いままで本当にがんばったね。もういいよ。もう楽になっていいよ。
私は心で話し掛けながら、由宇斗の名を呟きつづけた。
そして、4時25分由宇斗の脈は止まった。


私は朝を迎えるたび、由宇斗がもういないのだと痛感する。
もしかしたら悪夢を見ていたのではないか、朝起きると由宇斗はそこにいるのではないか、そんな期待を毎朝裏切られる。
由宇斗がここにいないことが本当に悲しい。
でもこの気持ちは本当に私の気持ちなのだろうか?
もしかしたら夜のうちに由宇斗が私の近くにいて、朝になると空に戻らなくてはならないので由宇斗が寂しがっているのではないだろうか。
最近そんな気がしてきた。
だから私は寂しさを覚えた途端、目を閉じて由宇斗の姿を思い浮かべその体をやさしく抱きしめる。天にいる由宇斗にこのぬくもりが届くように。

由宇斗がいなくなった今でも、由宇斗のためにできることはまだある。
由宇斗は再び生まれ変わってこの世界に戻ってくる。
そのときのために、この地球が平和できれいであるために、私がしなくてはならないことは山ほどある。
由宇斗を失った悲しみに暮れていて、あすとを省みなかった時があった。
あすとは優しい子だ。その優しさを失わず大人になるには親の私があすとを思いやってやらなければならない。泣いている場合ではない。
あすとが今のまま優しさを失わずいつか親になったとき、その子供に十分な愛をそそぐことができるだろう。その子供もまた優しさをもって成長し、その子供に愛をそそぐだろう。
由宇斗はまた家族として生まれ変わってくるのだ。生まれ変わるのなら、あすとの孫ぐらいのあたりだろう。今あすとに注ぐ愛情は世代を通して、再び生まれ来る由宇斗に伝えることができる。
1人の子供が幸せになったとき、多くの人が幸せになれる。幸せな人は他人にもやさしくなれる。再び生まれてきた由宇斗をとりまく世界が優しさにつつまれるよう、今できることがある。
私にもできることがある。
探せばできることはたくさんある。
私は限りある残りの命の中で、今できることをやりつづけるつもりだ。
もう後悔しないように。2度と後悔しないように。


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