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遥かな世界


そこは遠い遠い世界、人間の住む地球という星から遥か彼方にあります。
ロケットを使っても辿りつくことはできませんし、大きな望遠鏡でも見ることはできません。
でも誰もがその世界のことを知っています。いえ、知っていたのです。

そこでは、いつも色とりどりの花が咲き乱れ、小鳥たちがさえずります。
大きな木や森もあり、きれいな小川が流れ、心地よいせせらぎの音が響いています。
ときおり爽やかな風が、緑や花のにおいを届けてくれます。
小川の向こうには光輝く青い海があり、振り向くと遠くに美しい山々がそびえています。
そしていつも暖かい人たちに囲まれて暮らしているのです。

そう、ここは地球の言葉でいうなら「楽園」「天国」なのかもしれません。
ここで暮らす彼らは一人一人独立しています。誰もが平等で自由に暮らしを楽しんでいます。
ここでは望めば何でも実現します。食べ物も、住むお家も、服も持ち物も思うがままです。そもそも物質というものは存在していないのです。見えるものはすべて人の心が映し出されているのです。
また独立した彼らには、上下関係というものもありません。それでも誰もが崇高な気持ちを持っているので、なんの問題も起きません。ここでは誰もが友達なのです。
人と出会うと気持ちよく挨拶し、楽しい会話が始まります。
街中にみんな心地よい声が響いています。
そんな彼らも、やっぱり一人一人バラバラでいるのは寂しいので、仲のよい人たちがグループとなって、同じところで生活したり、眠ったりしています。
そう地球でいう家族のような生活をしています。
仲よしグループの彼らには強い絆があり、どこに行こうとも、どんな状況になろうとも、その絆が切れることはないのです。
たとえ別の世界にいくことになっても。

そんな世界にトリティという人がいました。
当然、彼にもいつもいっしょに暮らしている仲のいい人たちがいて、大きな大きなお家に住んでいます。
その中でもとりわけ親しいのはアミーネです。いつもすぐ近くにいて、毎日いろんなことを話しています。
一緒に暮らす人達の中には、いろんなことを教えてくれたり、相談に乗ってくれる親のような人たちもいますし、彼らを慕ってくる子どものような人達もいます。
彼らの会話は、すべてやさしさと暖かみのある言葉で、その声を聞くだけ心が満たされてしまいます。

あるときトリティが庭で小鳥さんたちと話しをしていると、空からの声が聞こえてきました。
トリティは空を見上げて問いかけました。
「私に何か御用でしょうか?」
すると澄んだ音色のような声で、声の主が言いました。
「トリティ、他の世界に修行にいきませんか?」と。
トリティは答えます。
「それは私に必要なことなのですね、それならば、よろこんで参ります」
するとまた天からは、
「今回は辛い思いをすることになると思います。それでもよろしいですか?」
トリティは迷いもなく答えました。
「大丈夫です。それが私に必要とされているならお受けします」
「わかりました、では夜が明けたら旅立ってもらいます。よろしくお願いします」と天の声。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
トリティは頭を深く下げました。

話を終えてトリティは振り向きました。
すると、そこにはアミーネが立っていました。
トリティはアミーネに向かって言いました。
「私は明日、他の世界へ旅立つことになりました。しばらくお別れとなってしまいます。」
いつも通りの明るくてやさしい口調でしたが、少し寂しそうにもみえました。
「そうですか、しばらくここでお話しできないのは残念ですが、他の世界で勉強することは大切なことですからね」と言いながら、こちらもちょっと寂しそうでした。
「それでは今夜は夜空を見ながら、夜が更けるまで話しましようか?」とトリティが切り出すと、アミーネは笑顔でうなずきました。
それから、トリティは近くにいるグループの仲間にこのことを伝えに行きました。
みんなは「ちょっと会えないのは寂しいけど、頑張ってくださいね」と言ってくれます。
それに対してトリティは「大丈夫、いっぱい勉強してすぐに戻ってきますよ」と明るく答えていました。
すると段々と周りの人が増えてきました。
いつのまにか、このことを聞きつけたトリティの友達がやってきたのです。
お家の中はパーティのようになってしまいました。
何時間が経ったでしょうか、そんな仲間たちとの楽しい会話を終えて、また庭に戻ってきました。
空はすっかり暗くなっており、満天の星たちが今日は特に輝きがましているようにみえます。
あたりを見渡すと今後はアミーネが庭のイスに座って、草木や花や動物たちと話しをしていました。
トリティもそれに加わり、約束どおり星明りの下、楽しく会話がいつまでも続きました。
どれくらい時間が過ぎたのでしょうか、夜空は次第に明るくなってきました。もうすぐ夜明けのようです。
早起きの小鳥たちが周りに集まってきました。そしてトリティに向かって「チチチチッ、チチチチッ」と鳴いています。
鳥たちも見送りにきて、エールを送っているようです。
地平線が白く輝きかけたとき、トリティはアミーネに言いました。
「そろそろ時間のようです。では、行ってきます。お元気で。」
「あなたこそ、元気で頑張ってきてください。こちらのみんなで応援しています」とアミーネが微笑みながらこたえます。
トリティもそれに笑顔でこたえ、手を振りました。
その瞬間、トリティは地平線から上った大きな光に向かって吸い込まれていきました。
一人庭に佇むアミーネは、ちょっと寂しそうでした。
すると、家の中から一緒に暮らしている仲間達が出てきてアミーネの周りに集まりました。
いつもアミーネのことを慕って、頼りにしている弟や妹あるいは子供のような仲間です。
彼らはアミーネを元気つけるかのように、楽しく歌いはじめました。
アミーネもいつもの明るく元気な声で歌いました。
彼らのその爽やかな歌声は、街中に響き、そこに暮らし人たちに心地よさを届けることとなりました。

その後、数日が経ちました。
アミーネはいつものようにお気に入りの庭の椅子でくつろいでいました。
すると庭の外からにぎやかな声が近づいてきます。アミーネを慕っている仲間たちのようです。
みんなで遊びにいって帰ってきたのかな、と思いながら外に目をやってもどこにも見当たりません。
不思議そうに庭の垣根のあたりまで歩いていくと、「わっ」という声と同時に、垣根の木々の中からいろんな色に塗られた顔が飛び出してきました。
アミーネは驚いて座り込んでしまいました。
その顔というのは、サニア、ミトニィ、アーリン、ユッピーでした。
彼らは楽しそうに笑っています。
アミーネは立ち上がって言いました。
「何を子供みたなことをやっているのですか?相変わらずいたずら好きな人たちですね」と。
それに対してサニアが「私たちはこどもみたいなものだたもの。でもこのペイントは素敵でしょ。山の向こうにある野原に生えている木の実から絞った作ったんだよ」
とみんなの顔を指し示して自慢しています。
確かに赤・緑・黄色とカラフルに塗られています。見てると笑えてきました。
その姿をみてミトニィが言いました。
「アミーネはそうやって笑っている方がいいよ」
アミーネは彼らが自分を元気づけようとしたことにうれしくなり、「ありがとう」とみんなに微笑みました。
するとアーリンが声を上げました。
「アミーネ、不思議の泉に行こうよ。そこに行けば他の世界と繋がっているらしいよ。トリティに会えるかもしれないよ」
続けてユッピーも「私も見てみたい、トリティの元気な姿を」と。
不思議な泉、それはこの世界から他の世界にも行ける扉のようなものです。
小川を遡った山の麓の小さな泉があり、そこで強く祈り続けると他の世界にも行けるのです。
アミーネはまじめな顔で彼らに言いました。
「あそこはこの世界と他の世界をつなぐ大切なところです。安易に開いてはいけません。もしトリティに何かあれば、私たちは感じることができます。そのときにしましょう」
「アミーネがそういうなら」と彼らは残念そうに納得しました。
そして「じゃあ、また明日遊びましょう」と言いながら、四人とも部屋に戻っていきました。
あのように言ってみたものの、一番残念だったのはアミーネだったのかもしれません。本当はそばに行きたくて行きたくて仕方がないのです。
静かになった庭でトリティのことを思い出して、しばらく座っていました。
すると今度は空から声が聞こえてきました。

いつもの清らかな声です。アミーネは姿勢を正し、問いかけました。
「私に御用でしょうか」
声の主は言いました。
「あなたにも他の世界へ行ってもらおうと思います。いかがでしょうか?」
「もちろんです」と答えた後に、アミーネはすこしためらいながら続けました。
「トリティと同じ世界でしょうか?彼は今回、辛い経験もあると言っていました。できれば、力になってあげることができたらと思っています。」と。
「今回も同じ世界です。お互いにその世界で努力すれば、こちらと同様に強い絆を築くことができるかもしれません。しかしそのことによって、あなたの方がより辛い経験となるのかもしれません。どのようになるかは貴方次第です。」
天からの声は静かに答えました。
「そうですね、いつもと同じようにしっかりと生きて、勉強してくるということですね」
アミーネは自分自身を納得させるように言いました。でもトリティと同じ世界ということが、わかっただけでもうれしかったようです。
「それでは夜明けとともに出発となります」と言いながら声は空へと戻っていきました。
アミーネは「よろしくお願いいたします」と深々とおじぎをしました。

またしても彼らのお家はパーティとなりました。
このことを知った友人達がみんな集まってきました。アミーネはその一人一人と旅立ちの挨拶をしました。
みんな笑顔でしたが、数人だけは後ろ姿がとても寂しそうでした。無理して笑顔を作っていたのでしょう。
いつもアミーネの近くにいたサニア、ミトニィ、アーリン、ユッピーの四人でした。
パーティが終わったあと、四人はアミーネの傍を離れようとしませんでした。
そしてアーリンが言いました。
「アミーネも行ってしまうのですね。トリティもいなくったというのに。なんだが一気に寂しくなってしまいます」
続けてユッピーが「私たちも同じ世界に行けないかな?以前みたいに子どもとして生まれないかな?」と言いました。
アミーネは、優しく微笑みながら言いました。
「わたしもそうなるとうれしいけど、それは神様が決めることです。もし今回の修行であなた達が必要なら、きっとそうなりますよ。仮にそうでなくても、しばらくしたら戻ってくるのだから。心配しないで大丈夫ですよ」
彼らもわかっているので、それ以上は何も言いませんでした。一緒になって、微笑んでいました。
その後も五人で夜明けまで、楽しく語り合っていました。
そして空に明るい光が放たれると同時に、アミーネも別の世界へと旅立っていきました。

それから幾日かが過ぎました。
こちらの世界に残ったサニア、ミトニィ、アーリン、ユッピーも毎日充実した生活をしています。
ここではいつも遊んだりのんびりしているのではありません。彼らも行うべきことがあります。
それは、この世界をさらによくなるようにみんなでいろいろ考えたり、あるいは彼らの住むここ以外の世界も、よりよくなるようにお祈りしたり、場合によっては出向いて力を貸したり。
その他にここで勉強することもたくさんあります。
でも仲のいい四人はやるべきことを終えると、お気に入りの庭にやってきて一緒に遊ぶのが大好きでした。
しかし、数日後にアーリンも別の世界へと旅立ってしまいました。
でも反対にその数日後、仲のよかったジェスタが戻ってきました。また他にもこの家で一緒に暮らしていた人が戻ってきました。
続けてパーティが何回もあり、お家のみんなはとても楽しそうにしていました。
はしゃぎすぎて、そして話し疲れてしまったユッピーは、めずらしく一人で庭に出てきました。
そしていつもの椅子の腰掛けました。空は赤く染まっており、やわらかな風と小さな動物達の声が疲れた体をやさしく包んでくれます。
ユッピーはうたた寝をしはじめました。
目を覚ますとユッピーの体はとても小さくなっていました。ふと見上げるとトリティとアミーネが優しい顔で微笑んでいます。
ユッピーはいつの間にか別の世界へと来てしまったようです。そして大好きなトリティとアミーネの子どもとして存在しているみたいです。
うれしくなって何か言おうと思っても言葉になりません。話したいことがいっぱいあるのに、もどかしくて手足をバタバタと動かしていました。
二人は何かを語りかけているようです。「・・・」「・・・」「・・・」でもよく聞こえません。
「・・ぴ」「ゅ・ピー」「ユッピー」
はっと顔を上げました。周りを見渡すと薄暗くなったいつもの風景でした。どうやら夢を見ていたようです。
と同時に、はっきりと声が聞こえてきました。それは空からでした。

ユッピーは立ち上がり「私をお呼びでしょうか?」と天に向かって言いました。
「ユッピー、他の世界へ行ってもらおうかと思っていますが、今回は特別な役目となります」
と、天からの声。
「特別とはどのようなことでしょうか?詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか?」とユッピーが尋ねます。
「あなたには、先に行っているトリティとアミーネの子どもとして行ってもらいます」
ユッピーは先ほどの夢が実現したと思い、うれしさのあまり声がでそうでした。
天の声は続けます。
「しかし、長くは一緒にいられません。あなたが受けた肉体は、僅かな時間で動かなくなってしまいます」
「私は構いません。どんなに短くても二人と一緒に向こうの世界で生きることができるのなら」
ユッピーはすぐさま答えました。天の声はさらに話を続けます。
「あなたがいなくなることで、向こうの世界の二人は、大変悲しみ辛い思いをすることになります。それでも、大丈夫ですか?」
ユッピーは考えました。神様は大変な役割だから二人と親しい私に声をかけてくださったに違いない。
心の中で思いました。「きっと二人はいつの日か、いなくなったのが『私』であることに気づいてくれるでしょう。そしてその世界で自分達の使命を思い出し、よりいっそう頑張ってくれるでしょう」と。
そして力強く答えました。
「そのように辛い思いをさせる役割でしたら、やはり私しかありません。私に行かせてください」
天の声は、いっそうやさしい声で語りかけました。
「わかりました。向こうでの時間はこちらの世界の時間にすると本当に僅かですので、今晩にでも出発してもらいます。あの一番明るい星が南中したときです。それではよろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします。ありがとうございました」
ユッピーは明るく答えて、お家の中の仲間へ知らせに行きました。
今回は出発まで時間がないので、パーティはとてもできません。また明日になれば、また帰ってくることになります。でもみんなは、「大切な役目だからしっかりと」と励ましてくれました。
いつも一緒にいるサニア、ミトニィ、ジェスタはうらやましかったようです。
そして仲間と別れの挨拶をし、庭に戻ってきました。
見上げると一番星はもう少しで南の高いところへかかるところでした。
ユッピーは星を見ながらつぶやきました。
「僅かな時間でも精一杯頑張ろう。その間に二人に楽しい思い出を残せるようにしよう」
そのとき、星からユッピーに向かって眩しいほどの光がさしこみました。
その光にひっぱられるように、ユッピーは空に向かっていきました。
ユッピーは次第に意識が薄れていくのを感じました。
次に目覚めるときは、これまでの記憶はないことはわかっています。ユッピーはそのことを残念に思いながらも、二人のもとに行けるという満足感でいっぱいです。
そんな中で、急に全身に暖かさとぬくもりを感じました。そして心にも懐かしく感じられるものがあります。
「もう二人の世界にきたんだ。大好きなおかあさんのおなかの中なんだ」と喜びの中で、ユッピーは眠りに入りました。


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